「なぜ蛇口なのか」とか、「どうして蛇口を撮るようになったのか」と聞かれても、うまく返答することができない。自分でもどうして始めたのか憶えていないからだ。知らない間に蛇口の写真がたまってしまったとしか言いようがない。少したまってくると、蛇口を撮りたくてあちこち訪ね歩いたりするようになった。近江八幡、御油、奈良井、有松など、ほとんどが古い家並みの残るところだ。
 だからといって、自分の中で印象に残っている蛇口が写真として面白いかというと決してそういうことはない。近江八幡では千本格子の町並みの中に、濃い灰色の蛇口がぽつんとあったりするのだが、昼間なのに人もいない、音もしない、その懐かしいような空間を写真にとどめることが出来なかった。あの震災の直後に訪れた長田では、がれきの中でねじ曲がった蛇口の無念さをとらえることが出来なかった。
 僕にとって蛇口の写真を撮りに行くことは、はじめのうちは探し回って歩いた後で、相方とうまい酒が飲めるという程度のことであったが、十数年も撮り続けているうちに知らず知らず自分の写真作法のスタンダードになっていて、他の写真を撮るときに自分の作品の価値基準を示してくれている。だから、個展の開催とか出版とか考えないでもないが、やめずに撮り続けることが一番大切なのではないかと思っている。

 

2003年4月 村角創一 
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