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博多湾の糸島半島側から見た志賀島 |
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連載4 日本最大の銅鏡
日本の古代遺跡で多くの銅鏡が発掘されていることを知らない人は皆無と言ってよいか
もしれない。その夥しい数の銅鏡の中で群を抜いて大きい銅鏡が1965年(昭和40)に発
掘された。その直径が46,5cmという超大型。農業を営む井手信英氏が蜜柑の苗木を
植える作業をしていたときに、朱の残った木片とともに数百の鏡の破片や珠玉
、鉄製の刀 片がぞくぞく出てきた。 調査の結果
、4枚の最大級の類例のない巨大な銅鏡を中心とした多量の副葬品から考え
て、被葬者が絶大な権力者の墳墓であると推定された。そして、その権力者が女王であっ
たとのこと。卑弥呼ではないらしい。卑弥呼と相前後する弥生時代晩期の2世紀中ごろの
女王の墳墓。そばに殉死者の墳墓もある。当時の陰陽(おんみょう)思想(太陽の光芒は男神)に
従って、日向峠からの朝日の光芒が女王の股間に射し込むように埋葬されていた。 |
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ところで、この超大型の銅鏡にまつわる謎がある。それは伊勢神宮の神体と言われてい る八咫鏡(やたのかがみ)との関係にある。この鏡は剣と勾玉 と合わせて三種の神器(じんぎ)として日本 の皇室で代々受け継がれているという。この八咫鏡と大きさが同じで、同じ鋳型で作られ たのではないかと考えられている。被葬者の女王の権力の大きさは想像をはるかに超える ものである。あなたはどのように解釈されるだろうか?八咫鏡の八咫とは鏡の円周を表す寸法のこと。「咫」は当時の女性が手を拡げたときの親指と人指し指との間隔の長さと考 えられており、その八倍の長さが円周の長さになる。直径46.5cm×円周率3.14= 円周146.01cmとなるから、8で割ると18.25cmとなる。この寸法から古代日 本女性の手の大きさを想像しても無理はないだろう。やや大きい手だたったのだろうか。 それは何故なのか、などと想像するのも、また楽しいではないか。合点!? 前原市の平原遺跡で発見されたこれらの貴重な鏡は当然のことながら、その時に発掘された刀剣、勾玉
などのアクセサリーなどとともに国の重要文化財に指定されている。この 夥しい数の出土遺物を厳重に保存するために、奈良国立文化財研究所で分析や劣化を抑え
るための作業が行われ、その処理ができた11号内行花文八葉鏡が8年ぶりに前原市にあ
る伊都歴史資料館に帰ってきた。1992年(平成4) にアメリカのスミソニアン博物館で開
催されていた「Ancient Japan」 に展示されて以来のことである。
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※問い合わせ先:前原市立伊都歴史資料館 Tel.092−322−7083 最寄駅:JR築肥線の周船寺駅または波多江駅 |
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KITANE.Hajime |
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