[館頭言々・2002]
トップページに巻頭言らしきものを書いていますが、
一部を再録してみました。
コンテンツ更新のたびに、紹介をかねて書いたものです。
作者の発言に過剰反応して筆を滑らしたり
汗顔の至りだが、僕の覚え書きのようなもの。
暇な方?はお読みください。


   

■2002-11-10

ホセ氏がジャケットデザインの話をするので私も黙っていられなくなった。
今回紹介されているデザイナー、リード・マイルスはブルーノートレーベルで数多くの名作を世に送り出した。
ブルーノートはニューヨークを拠点としたビ・バップからハード・バップへと、とうとうと流れるモダンジャズの本流のほとんどをカバーしている。
対するロスを拠点としたウェストコーストジャズではパシフィック・ジャズレーベルのジャケットデザインが印象に残る。


この画像は「JAZZ WEST COAST」
から転載しています。
商用目的ではないので
著作者、出版社の皆様、
お許しあれ・・・
カメラマン兼デザイナーのウィリアム・クラクストンは ヨットの上でトランペットを吹くチェット・ベイカーの写真を使うなど、NYとはひと味違うLAの明るく乾いた空気感をジャケットに載せた。

たぶん二人はお互いを意識しながら仕事を進めていたと思われるが、当時LA(
ウェストコースト)とNY(イーストコースト)は競い合いながら レコード会社もミュージシャンもデザイナーも最先端のサウンドとデザインを追求していた・・・・幸せな時代ですよね。

この二人の作品集は美術出版社から出ている(初版1992年)。ミュージシャンとの交流、制作にまつわるエピソードも含めて、 マニアには読み出したら止まらない垂涎の一書です。


と、ここまでトップページ用の巻頭言らしきものを書いたがもう少し書きたくなっちゃった。

というのは、ウィリアム・クラクストンの作品集を引っ張り出して読み直したらこの人にまつわる面白い話が出てきたからだ。

で、ここに引っ越して書き足します。

おっとっと・・・その前に著作者に敬意を表わすことと、出典を明らかにしなければいけないな。
書籍名をここで明記しておきます。

●リード・マイルス作品集
「BLUE NOTE The Album Cover Art」
グラハム・マーシュ、グライン・カリンガム、フィーリスク・クローミー:編 行方均:訳

●ウィリアム・クラクストン作品集
「JAZZ WEST COAST Artwork of Pacific Jazz Records」
ウィリアム・クラクストン+行方均:編著

出版社は共に美術出版社。1992年初版とあるのでおそらくもう廃刊となっているでしょう。
ちなみにぼくは「JAZZ WEST COAST」しか持っていません。「なーんだ」なんて言わないで・・・BLUE NOTEのめぼしいアルバムジャケットはだいたいぼくの頭の中にインプットされてます!???
かつては毎日のようにジャズ喫茶で眺めていましたからねえ。
てなことで、以下の知ったかぶりをご容赦ください。


この画像は「JAZZ WEST COAST」
から転載しています。
商用目的ではないので
著作者、出版社の皆様、
お許しあれ・・・
ページをめくっていて「おやっ」と思ったのが左のジャケット。
どんな音だったか、全然覚えてないが、両耳に補聴器を当てたキュートな女性のポートレイト。
このジャケットがジャズ喫茶(たぶん、中野駅前のクレッッセント)の棚に飾ってあったのは覚えている。薄暗い照明の中、奇妙に明るくドライな表情が印象的だった。

キャプションには
「・・・この時代、レコード・マーケットの競争は厳しく、ジャズ・ミュージシャンのパーソナリティーや音楽だけでは、しかるべきセールスを上げるのに不十分であろうと各レコード会社は考えた。そこで思いついたのが、セクシーでかわいい女性をジャケットに使うことである・・・」とある。

クラクストンの序文では
「・・・当時開発されたばかりのステレオサウンドのデモレコード用に撮影した・・・」

なるほど、これでこの奇妙なポーズの意味が分かった。
演奏者も曲目も記憶にないのは当然ですね。
たぶんジャズ喫茶の店主もこのポートレートが気に入って、ジャケットを飾るだけで中身のレコードをターンテーブルに乗せたことはないんだろうね。

「・・・ペギーと私は1959年の6月に結婚した・・・」

くそー、このいい女がクラクストンの奥さんだったんだ!
この原稿をアップした後、試しにインターネット検索したら出てきました。インターネットって便利ですねえ。これはガーンリックのファッション写真集。モデル:P・モフィット、撮影:W・クラクストン。アマゾン・ドット・コムで早速注文しました。届いてからもう一度報告します。ちなみに topless swimsuitの写真が最初に掲載されたのは、1964年6月の『Look』誌だそうです。

さらに、驚くべき事が訳者序文に
「・・・夫人ペギー・モフィットがデザイナーのガーンリックと出会い、そして二人はファッションの歴史を作った・・・
・・・ルディー・ガーンリックは1950年代に、特に斬新な水着のアイデアで知られるようになった前衛のファッションデザイナーで、60年代の中頃にはついにトップレスを発表するに至る。”初公開”写真は世界中の雑誌のグラビアをセンセーショナルに飾ったが、そのモデルがペギー、撮影がクラクストンである・・・」

うーん・・・
トップレス水着のセンセーショナルなニュースは覚えています。
その”初公開”写真とやらは「見た」という記憶はあるが、彼女のトップレスのポーズは全く思い浮かばない。
インターネット検索したら出てくるかな?
これをお読みのどなたか、”初公開”写真を持っているという方は是非当サイトまで送ってほしい!!
薄暗いジャズ喫茶で見かけたキュートな女性のトップレスの写真なんて、年甲斐もなく胸騒ぎがしてしまう。

にしても、クラクストンと夫人ペギーは50年代から60年代へと時代の最先端を軽々と飛び越えていったんですねえ・・・

訳者序文
「・・・ちなみに、50年代末パシフィック・ジャズのジャケット数点を飾ったペギーは、60年代半ば、”ガーンリック風”の装いでブルーノートのジャケットに登場する。ルー・ドナルドソンの「アリゲーター・ブーガルー」である。ブルーノートのデザイナー、リード・マイルスが直接ペギーに依頼したもので、クラクストンは関与していない由だが・・・」

おやおや、話はぐるりと一回転してまたリード・マイルスに戻っちゃった。
左のジャケットはブルーノートUSAのサイトからダウンロードしたもの。
”いい女ペギー”を時を隔て所を変え、リード・マイルスはどう料理したか・・・とくとご覧あれ。

ホセさん、長々とおじゃましました。(ペ)



この話はその後調べたりして別の面白い話も出てきた。
いずれ改めて書き足すつもりです。

 


■2002-6-1

ペリカンから一言
北根さん、奈良県榛原町(はいばらちょう)に 八咫烏(やたがらす)神社という古い社があるのはご存じでしたか?
八咫(やた)というかなり特殊な言葉だと思いますが、伊都国と榛原町に共通して多いのは古代遺跡ですね。遠い二つの地点を結ぶキーワードではないですか?
門外漢のボクがなんでこんなことを言うかというと、実は八咫烏はもうすぐ始まるワールドカップの共同開催国である日本サッカー協会のシンボルマークなんです。
そして、共催相手は韓国というのもこじつけが過ぎると言われるのを覚悟で言えば、因縁めいてはいませんか。
細かな謂れは資料が今手元にないので述べることはできませんが、八咫烏は勝ち戦の道案内をしたという伝説があるそうです。
ワールドカップでの日本代表の活躍を祈ってこの5月19日に必勝祈願の「八咫烏祭」を開くんですよ。
学問的な裏付けは北根さんにおまかせしますが、この古代と現代とつなぐ連想は単なる妄想ですか!

これが日本サッカー協会のシンボルマーク・八咫烏

■北根さんからの返事

伊都国通信 連載12 ★余談 <八咫鏡と八咫烏>

奈良県榛原(ハイバラ)にある八咫烏神社で、サッカーW杯を目指して地元が日本サッカー協会のエンブレムを掲げて5月19日に「八咫烏祭り」を立ち上げて、大いに町づくりをやろうと燃え上がっているという日経新聞の記事を発見。

ぺリ館の編集長から「余談」を付け加えようということに相成った。

八咫烏とは日本神話では、日向の高天原(タカマガハラ)に天下って天岩屋戸にこもった太陽神、天照大神を祖とする神武天皇が九州の日向(ヒュウガ、宮崎)にいたと、古事記や日本書紀に記されている。

その神武天皇は東方遠征を企て、筑紫、安芸、吉備を経て難波に入り、生駒山を越えて大和に入ろうとしたが阻まれ、紀州を廻って熊野から大和に入ろうとして苦戦し、進路に迷ったとき、八咫烏が現れて導かれ、大和に進入して建国したとされている。

その年代は定かではないが、八咫鏡が出土した伊都国繁栄期の平原遺跡(150年ごろ?)の時代より、かなり前のことであろう。

そのように日本の古代神話と古代歴史とが交錯していた状況から、何かを明言することは できないが、昨日近所の志登(シト)神社の大きな海亀のような形に石を積んだ古代の墳墓を見に行ったときに四五羽の「かちどり」=「かささぎ」がけたたましく鳴くというよりは叫ぶのに出会った。

墓の側に近づいてはいけないとこちらが叱られているような感じだ。

東京でよく見かけた「おなが」と色は違うが、姿や鳴き声がよく似ている。

烏よりほんのわずか小さいようだが、羽の一部が白く、黒白のコントラストが印象的。



このページを初めて読む方へ・・・ペリカンから一言

このサイトでは古代遺跡に魅せられ、東京から九州福岡の東隣、糸島半島に移住された北根さんに隔月で、「伊都国通信」というWEBエッセイを書いていただいています。

古代に「伊都国」と言ったこの地域ではしばしば発掘が行われ重要な成果があがるようです。

その代表的な例が前原市にある平原遺跡で発掘された巨大な内行花文鏡。

八咫鏡(やたのかがみ)ともいわれ古代権力者の重要な神噐に相当するようです。(詳しくは上にスクロールして八咫鏡の写真部分の前後をお読みください)

この「八咫」という言葉に過剰反応したのが当サイト編集長のペリカン。

八咫といえば八咫烏、八咫烏といえばサッカー日本代表。

この勝ち戦を導く伝説の鳥のことはおぼろげながら知っていましたが「八咫」というかなり特殊な言葉を持つ鏡と烏はなんらかのつながりがあるのでは、と北根さんに問い合わせた所上記のような返事をいただいた次第です。

「八咫烏は多分こちらで言う「かちどり」のことではないですか。しょっちゅう見かけますよ」

「え、伝説の鳥は実在しているんですか?」

「正式名称は「かささぎ」で本州にはいないけど、九州には生息しています」

「!・・・・・」 そこでぼくは柄にもなく辞典を引っぱりだしてみた。

[かささぎ」
福岡、長崎、佐賀諸県に生息するかささぎは、推古天皇の時代に新羅から献上されたとも、豊臣秀吉の朝鮮出征時に佐賀藩が朝鮮から移入したとも言われ、また、「かちがらす」の名は加藤清正が鳴き声を聞き戦勝のきざしとしたのに始まるが朝鮮名も「カチ」と呼ぶとのこと。
(平凡社・世界大百科事典より)(辞典の「かちがらす」は「かちどり」の別名・・・ペリカン註)

朝鮮渡来のかささぎは「かちがらす」とも言われやはり勝ち戦を導くとしている。

「かささぎ」が八咫烏であるとはどこにも書いてはいないけれど、伝説を創る資格は充分に持ち合わせていると思います。

また、北根さんのおっしゃるように八咫烏と八咫鏡を同列に論じるのは伝説と史実を混同しかねず、厳密に証明するのは難しいかも知れませんね。

ぼくの知識ではこれ以上証明することはできませんが、どなたか詳しい方がいましたらお教えください。

ちなみに、佐賀県の県鳥はこの「かささぎ」で、そのかわいいイラストがホームページに載っていますよ、と北根さんに教えていただきました。

人呼んで、ナビガラス!

八咫烏神社の19日に行われるお祭りは地元ではかなりの盛り上がりを見せているようですが、八咫烏を祀る神社は実は和歌山県熊野大社にもあり、日本サッカー協会の役員はこちらで必勝祈願を4月に行っています。

ここらへんの事情は下記のサイトで整理されて報告しています。http://www.sanspo.com/soccer/02worldcup/wc200204/st2002040302.html
興味のある方はジャンプして見て下さい。

また、八咫烏で検索すると、出るは出るは・・・平塚には八咫烏というサッカー応援サイトもあり、ここのBBSで「八咫烏というお酒が販売されていますよ」と報告されていました。

やや辛口の特別純米、ボールボトル入り!!

本州には生息しない「かちどり」を代表戦の行われるスタジアムに連れていって、「カチカチ」と鳴かせたい誘惑に駆られるけれど、あれは天然記念物として保護されているようです。
ま、なにも知らない鳥にとっても迷惑な話だけれど・・・

ワールドカップの会場に踊る八咫烏を大和にたどり、九州にたどり、朝鮮に時空を超えてルーツをたどるのはあながち妄想とはいえないと思いますが、皆さんどう思いますか。

そして、サッカーなんかぜーんぜん興味がないという北根さん、これで少しはワールドカップを見る気になりましたか。

 

 

   
 
[館頭言々・2003]
   
   
text &資料提供/PELICAN