Vol.11[某月某日 参観日]


ぼくは1948年生まれなので、団塊の世代にあたる。
1954年、東京都中野区立MZ小学校に入学。戦争が終わってすぐ、ベビーブームの世代だから、ぼくたちの学年は1クラス50名が確か8クラスあったと思う。400人ほどの生徒が一度に入学して、学校の狭い校庭はオタマジャクシが群れ集うようだった。
1957年、ぼくが3年生のときに中野区立MO小学校が近くに新設され、1年から3年生まで生徒の半分ほどがそちらに移った。
戦後復興の鎚音高く、近所のまだ多くあった空き地には材木が山と積まれ、あちこちで新築工事をしていた。
そのころは、中野から高円寺周辺は新興住宅地で、八幡製鉄(新日鐵)、電電公社(NTT)、郵政省(総務省)、三菱銀行(東京三菱)等々、日本を代表する企業の社宅もあり、ぼくたち世代をきっかけにした、ちょっとした人口爆発が起こった。
このあたりは学校の施設も先生も、対応が大変だったろう。

人数が多いということは、競争が激しいということで、何事においても主張が強くないと生きていけない。
これがどうも他の世代に評判が悪く、声がでかい、態度もでかい、意固地、屁理屈をこねる等々、ぼくたちはさんざん悪口を言われ続けた。
戦後社会の時代の大きなうねりの最初に顔を出すのもぼくたちで、受験戦争、大学紛争、フォーク・ロックブーム、消費ブーム、自立・離婚ブームはぼくたちの成長の節目に必ず符合してくる。
昨今のリストラで最初の標的はもちろんぼくたちでした。
そして遠からぬ将来、老後にまつわる何らかのブームが待ちかまえているんだろう。
「いやはや、苦労の耐えない世代なのよ」と、ため息をついてもまるで同情されない。これもこの世代の特長である。

さて、ぼくの小学1年(男)、2年(女)、4年(女)になる3人の子どもは、あの分家独立したMO小学校に通っている。
この小学校が昨今の少子化ブームの最先端を走っている。
上の写真は先日の授業参観日のおり、一番下の子がいる1年生のクラスを撮影したもの。いや、1クラスしかないので学年である。13名で1学年、僻地の分校ではない。
ちなみに、2年生が20数名、4年生が40名ちょい。
劇的な減少である。
先日も運動会のおり、昔を知る人が「あっという間に終わっちゃうねえ」と嘆いていたっけ。
無理もない。あの日本を代表する企業の社宅は、不景気のあおりでことごとく売り払われマンションに姿を変えてしまった。
代わりに入居してくる人は、優雅な独身か老夫婦ばかり。
こういう状態では、いずれ元のMZ小学校に吸収合併されるのでは、という噂もある。
親も警戒して入学させないという悪循環が起きているようだ。
来年は果たして入学者があるのだろうか?
今の1年生が卒業するまでは、手続き上廃校はないそうだが、その後はどうなるか分からんと言われている。
ということは、うちの子が卒業する2008年にこの小学校は消滅するのかも。
超新星爆発という劇的な星の誕生から急激に膨張し、極大にのびきったところから、徐々に収縮に転じやがてブラックホールと化し、この世から消滅する数十億年にわたる星の一生を、ほぼ50年かけてぼくは目撃しているようなものかもしれない。


こちらは2年生の教室。子ども3人の教室を次々見て廻る。
公平に見ないとモンクを言われるので忙しくてもう大変・・・
 
 

 
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