Vol.13[某月某日 ペッパー軍曹の内袋-2]


「なんだろうこれは?」ととまどい、無条件にのめり込むということはない。
でも気になる・・・もう一度聴きたくなる。
(前回参照)
きっとここが分かれ目になる。
「ペッパー軍曹」をこき下ろしたあのDJ氏が聴いて育ったPOPSと、ぼくが聴いて育ったPOPSとの違いということもあるだろう。
世代の違い、というやつだ。
ぼくだって「なんだろうこれは?」と思った瞬間にそっぽを向いて、 知らず知らずDJ氏の立場に立つこともある。
でも気になる・・・ということは、無意識のうちに音の遺伝子がぼくの耳の中に書き込まれたということではないか。
あとは時間を掛けてプログラムを読み解けばいい。
これが、「もう一度聴きたくなる」ということだろう。
そういう書き込まれる耳を持っているかどうか・・・
これは優劣ではなく好みまたは資質の問題でしょ。
66年のコンサートを最後に、ライブをやらずスタジオに籠っておかしな音を作り始めたあたりから、子供たちが夢中になるサウンドがDJ氏の耳にすんなり入らなくなった。
それだけのことだけど、DJ氏にしてみれば自身の職業が脅かされる恐怖を感じたのかもしれない。
だから、こき下ろした。

さて、やっと「ペッパー軍曹」のジャケットにたどり着いた。
このアルバムのサウンドの革新性はもちろんだが、ジャケットデザインも大きな評判を取った。
これはポールのアイデアらしいが、古今東西の有名人と記念撮影するカバー写真にはレコード会社が難色を示した。
肖像権をクリアするのが大変なこと、万一訴えられたら莫大な費用が掛かることを懸念したらしい。
その万が一のときはザ・ビートルズが責任を持つ、ということでゴーサインが出た。
いずれにしても、それまで莫大なセールスを挙げていた実績がなければ実現できないジャケットデザインだった。
でも、このアルバムアートの歴史を塗り替えたジャケットを久しぶりに手にして、ぼくは思わず笑っちゃいました。
レコードを入れる紙製の内袋を見たときだ。
そこには懐かしい顔、すっかり忘れちゃった顔、ぼんやりとしたイメージはあるが名前が思いうかばない顔・・・何十年ぶりかで同窓会で再開したようなアルバムが並んでいた。
イギリス本国では発売当時、内袋にはサイケな波模様のデザインが印刷されていたらしい。
ぼくが「ペッパー軍曹」を買ったのは67年7月のリリース直後ではなく68年頃、1年以上たってからなので日本でリリースされたときの内袋の様子は分からないが、たぶん宣伝用のアルバムは印刷されていたと思う。
ジャケットデザインのイメージがサウンドのイメージを創るということは「ペッパー軍曹」以降徹底されていくが、まだ本国の監視の眼が行き届かない日本で、東芝はちゃっかり他のアルバムの宣伝をした。
事実、ザ・ビートルズが独立しアップルレーベルになってからは、内袋から宣伝は消えてしまう。
隅から隅までデザインイメージが統一されていく。
だから、「ペッパー軍曹」の内袋はこの革新的なジャケットにして唯一の疵と言える。
でもねえ、今回この疵にすっかりぼくは見入ってしまいました。
ジャズ評論家の故油井正一は、「ハードバップ全盛時代、ジャズ史上に残る名盤が輩出したが、その背後には数え切れない駄作、珍作があったのじゃ」と言っていた。
膨大な堆積物を濾過してはじめて名盤は生まれ出る、ということか。
油井正一らしい名言だが、駄作、珍作にたとえられたアーティストの皆さん、ご容赦ください。
これはあくまでもものの譬えですからねえ。
でも、ザ・ビートルズがPOPS史上に残る名作を連打していた同時代に、坂本九ちゃんも唄い、ベンチャーズの「テケテケテケ」にぼくが夢中になったのも事実だ。
あのDJ氏の耳にすんなりと入る心地よいPOPSももちろんあったのだ。
ザ・ビートルズのようにいつに時代でも、すっくと屹立しているわけではないが、この内袋を見ているとそこに印刷されたアルバムのサウンドとその時代が、ゆらゆらと立ち上がって来るような気がした。

こういうことは、みうらじゅんあたりが適役かもしれないが、ぼくなりに 堆積物の中に手を差し入れかき混ぜて、水底に舞い上がるチリの一つ一つに、眼を凝らしてみようと思った。
(以下次号)

*ザ・ビートルズの事実関係に関しては、講談社選書メチエ/和久井光司著「ビートルズ」を参考にしています。


 
 
 
 

 
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