Vol.17[某月某日 ペッパー軍曹の内袋-6](座談会その4)

(その1)(その2)(その3)(その4)(その5)

対談者PROFILE

ペ氏
ペリカン編酋長
血液型:A
星座:山羊座

リ氏
理屈っぽい
血液型:B
星座:水瓶座
カ氏
癇癪持ち
血液型:AB
星座:乙女座
ン?氏
気が弱い?
血液型:O
星座:双子座



●オールディーズ
(唄)ビートルズ

66年発売なので、デビューから「ラバーソウル」までの曲を集めたベスト盤です
ジャケットのイラストレーションのタッチが懐かしいねえ。
サイケ調って言うんでしょ。
「YELLOW SUBMARINE」「MAGICAL MISTERY TOUR」のイラストの方が出来がいいけど、やはりサイケ調だね。当時、ピーター・マックスというアーティストがこのスタイルを確立
(ビートルズのジャケットイラストは描いてない)して大活躍した。カラフルで、アール・ヌーボーのような装飾的な曲線が波打つ。デザイン科の学生だったぼくたちも影響を受けたよ。
「ペッパー軍曹」に収録されている「A DAY IN THE LIFE」はLSDやって引き起こされる幻覚症状をイメージしているって言われています。
「LUCY IN THE SKY WITH DIAMOND」って曲名の頭文字をつなげるとLSDになるという、分かった風な謎解きも話題になったよね。絵画でも音楽でも、そのLSDによって引き起こされる幻覚症状を連想する表現がさかんに使われた。そういう表現の傾向を「サイケデリック」(サイケ調)って言っていたんだよ。
LSDとか薬物の乱用でこの頃、ミュージシャンが相次いで亡くなっています。
ジミー・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリンとかね。最近ではすっかりいいおじさんになっちゃったけど、エリック・プラクトンも麻薬中毒で死線をさまよったと、告白している。
波打つような原色の氾濫で、めまいがしそうっすね。
職業としてのイラストレータが注目されるようになったのもこの頃のこと。
横尾忠則もこの頃から、マスコミの寵児になります。
「止めてくれるな、おっかさん。背中のいちょうが泣いている」
ふふふ・・・東大生だった橋本治が作った学園祭のポスターのキャッチだね。彼だって、当時イラストレーターを目指したんだからねえ。
町の中で石投げたら、イラストレーターの卵にぶつかる、っていわれてたぜ。

●ベンチャーズ・オン・ステージ・アンコール!
ベンチャーズ

おおっとぉ・・・ついに出ましたベンチャーズ(笑)。
ベンチャーズに影響受けてない人っていないっすよねえ。
♪テケテケテケテケテケ・・・♪
当時、バンド作る人はフォークソングかベンチャーズのスタイルかどっちかでしたね。ビートルズをカバーするバンドって、あの頃ほとんどなかったような気がします。
ほんと、不思議だけど、そういえばそうかもしれない。
文化祭のときは、あっちの教室、こっちの教室で♪テケテケテケテケ♪が鳴り響いていたっけ。
変な写真ですよねえ。お寺か神社の石段の前でハッピ姿で腰をかがめてお辞儀してますよ。
このアルバムが正確に何年リリースか分かりませんが、「オン・ステージ・アンコール」とあるから、ブームも一段落した68年頃だと思います。
この頃には、本場アメリカで彼らがどういう位置にいるかはぼくらも分かってきた。それに毎年のように来日してさんざん稼いだもん。
かつてはお世話になったけど、この頃ではすっかりぼくたちがお世話したよなあ・・・ってか。

そのへんのビミョーな雰囲気を感じてるってことですかねえ?
腰が低いよ。
ビートルズが来日したときもハッピ着た写真を撮られているけど。あのころはジャズマンも誰も彼も、来日したミュージシャンは、なにかというとハッピ着せられていたような気もする。
オールディーズ専門のサイトで調べたら、「ウォーク・ドント・ラン」って60年にヒットチャートに出ているんですね。
そうそう、ぼくは64年、高校1年の時にこの曲に始めて出会っていたと思っていたよ。60年の時は小学生だし憶えてない。

「ウォーク・ドント・ラン」以降、他のミュージシャンの曲をカバーしたアルバムをリリースしていますが、泣かず飛ばずだったみたいですね。64年に「急がば回れ64」としてヒットチャートに再登場します。ちゃんと調べてないので、断言出来ませんがリメークしてからブレイクしたんですね。たぶん・・・
この空白の3年が彼らの本質を現しているのかも。たぶん、60年のときは本国でヒットした曲をひっさげて日本上陸したんじゃないの。でも、後が続かない。で、64年に曲名を翻訳して日本限定で売り出した・・・
ミステリーの謎解きみたいっすねえ。
日本向きのロックだと、プロデューサーが見破ったんじゃないかな。彼らのロックは帰化したロックだわな。「ロックブーム」とは言わず「エレキブーム」でしょ。
明治の文明開化みたいっすね。そう言われると。
彼らのロックって、骨相学的に言うと彫りが深くないよね。

寺内タケシ!
じゃあ、農耕民族のロック?
寺内タケシって最後は
(今も元気に演奏してますが)
津軽ジョンガラ節に行ったもんね。別に批判や見下して言ってるんじゃないよ。ベンチャーズのサウンドを追求していくと、三味線にたどり着くのが必然だったんだよ。
寺内タケシは正しい!
「パイプライン」とか「10番外の殺人」なんてカッコイイっすよね。
ネット検索して驚いたのは、ベンチャーズのコピーバンドって全国津々浦々にあります。長崎のベンチャーズとか埼玉のベンチャーズとか・・・ビックリしました。
ね!帰化して今でも愛されているってことだよ。
農協みたいっすね。

コラコラ!

●シーカーズ
(唄)シーカーズ

「ジョージー・ガール」って唄は覚えているけど・・・
さわやか系のPOPSですよねえ。
ABBAの祖先みたいなね。他にあまり語るべき記憶がないなあ・・・
一同うなづく)


●レフト・アローン
マル・ウォルドロン・トリオ

内袋に掲載されているアルバムで、ジャズアルバムは35枚の内この「レフト・アローン」と先週紹介した「ジョージ・シアリング・デラックス」の2枚しかない。
ジョージ・シアリングの方は、選曲もPOPSのヒット曲中心で、どちらかというと・・・
イージー・リスニングて感じっすよね。
でも、こちらは本格的なジャズですよね。POPSアルバムの真ん中に1枚だけ・・・
不思議だと思う?でも、これは当時ジャズとしては大ヒットしたのよ。

「レフト・アローン」、一人残されて、ということは・・・
マル・ウォルドロンは伝説的な女性ジャズシンガー、ビリー・ホリデイ晩年の伴奏ピアニストだったんだ。その彼女が死んで一人残された、という意味だわな。
暗闇にぽつんと浮かぶ孤独なピアニスト・・・
日活映画の一こまのような・・・
セロニアス・モンクのようにポツリポツリと朴訥に弾いてね・・・アルバムタイトルに込められた物語が日本人のメンタリティーに嵌ったんだろうね。
いわば、演歌のような・・・
ジャッキー・マクリーンのテナーサックスで吹かれるテーマも分かりやすかった。
あのころ、サム・テイラーってテナー奏者がいました。
むせび泣くムードテナーっすね。
うん、そういう受け取られ方もあったかもしれない。だから、このアルバムを買った人で、ビリー・ホリデイなんて知らないし、聞いたこともないって人多いと思う。
このアルバムはジャズとしての評価は高いんでしょ。
もちろんだよ!もともとマル・ウォルドロンは、エリック・ドルフィーのような前衛ジャズメンと共演してアルバムを残している硬派だからね。
この人は、その後何回も日本に来ていますよね。
ぼくは一度、ライブを聴いてます。でも、ずーっと「レフト・アローン」のイメージを引きずっていたなあ。セールス的には成功だろうけど、ミュージシャンとしては、それが良かったのかどうか・・・


加山雄三のすべて   加山雄三ハワイの休日   加山雄三のすべて-2

イョ!若大将!
そういえば(カ)さんは顔色といい、青大将ににてますね(笑)。
ブァッカモーーン!
まあまあまあ・・・ここから、いよいよ日本人アーティストのアルバムが続きます。

一気に3枚並んでいるところが、当時の人気をしのばせるなあ。
「しあわせだなあ・・・」
ブァッカモーーン!
「ぼかぁ、君といるときが一番しあわせなんだ・・・」
ブァッカモーーン!

「・・・いいだろう?」

よかねえよ!

ふふふ・・・「君といつまでも」だね。彼の映画を見た後、自宅までうっとりと口ずさみながら帰った記憶がある。二世俳優のお気楽な余技に思われた節もあるけど・・・
ランチャーズですね。
いまだに聞き飽きないし、いい曲作ってるねえ。「ハワイと若大将」ってアルバムが並んでいるけど、ハワイと芸能人を記号的に結びつけたのは加山雄三の功績だと思うよ。
「お嫁においで」も軽快な曲で、ぼくは好きです。
彼の曲はぬけぬけと唄うといいねえ。カラオケでは「いい気なもんだ」って視線を受け流すようにぬけぬけと唄うのよ。恥ずかしがったらダメ!
こんなところで、カラオケ指南して・・・
ぼかぁ・・・「旅人よ」っすねえ。
草原と青空と白い雲、風が吹きわたるようにね・・・
♪・・・・わかきーたびーびとよーーー♪
イョ!ばか大将!!!


以下次号



 
 
 
 

 
(2002 Vol.1-7) [番外編]ペリカンのW杯日記2002年6月
2003 Vol.8 Vol.9 Vol.10 Vol.11 Vol.12 Vol.13 Vol.14 Vol.15 Vol.16 Vol.17 Vol.18 Vol.19
2004
 
 
text & photo/PELICAN