かつては外の景色なんて
みえなかったけどねえ・・・
 

Vol.8[某月某日 歌舞伎町]

新宿歌舞伎町・ミラノ座脇のボーリング場が、かつてスケートリンクだったことを知っている人はどれくらいいるのだろう。
僕が中学1年の春休みのことだから、もう40年ほど前になる。
目に見えて上達するのが嬉しくて毎日朝一番で通いつめた。
まだ誰もいないリンクは30センチほど霧におおわれ、天窓から差し込む朝日をうけて幻想的ですらあった。
その霧をかきわけて現れる氷上を滑る。
氷を噛むスケートのエッジが立てる「カシャッ、カシャッ」という乾いた音ががらんとしたリンクに響く。
都心のスケートリンクがまるで僕一人のためにあるように思えた。

先日、久しぶりに歌舞伎町をパノラマ散歩して、ふと電話ボックスに入った。内部がやけにがらんとしている。場所柄、歌舞伎町あたりの電話ボックスは風俗系のお誘いのカードが所狭しと貼られていたのにパラパラと数えるほどしかない。
規制がが厳しくなったのか?
そういえば、ケータイが普及してから電話ボックスに入るのはまれになった。テレフォンカードも数年前のものを財布にはさんだまま使い切ることはない。
利用されていないところでお誘いをしても意味がないと言うことか。
今は、インターネットやケータイの出会い系サイトがその役割を果たしているのだろう。

にしても、気になるのは神社のお札のように貼られていたカードのこと。
かつて大量に受注していたデザイナーも印刷会社もこのありさまじゃあ苦労しているだろうなあ・・・
不景気以上にメディアの劇的な変化にさらされるのを目の当たりにした思い。

きっと40年後には電話ボックスなんて存在していないし、あったことを知っている人もほとんど居ないんだろうねえ・・・

 

湯上がり美人、ルーマニア美人といわれてもなあ・・・
アニメ系のイラストでは僕のようなおじさんではピンとこないよね。
なお、ルーマニア美人に電話して 何らかのトラブルに巻き込まれても
当局はいっさいの責任は負いません・・・

 

 

 

(2002 Vol.1-7) [番外編]ペリカンのW杯日記2002年6月
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text & photo/PELICAN