隔月連載 vol.9

-------------------------------------------------------
 

 

 

人はみな、八つの苦しみをかかえている。

生 老 病 死 愛 別 離 苦

時折、電話で住所、そして漢字を尋ねられることがある。
「愛と別れ」そう答えると相手の反応がおもしろい。
「へぇ〜、そんな名前の町があるのですね」
「(一瞬無言)…すごい名前ですね」
「ドラマの舞台みたい〜」
気心の知れた口の悪いやつは
「そんな寂しい名前の土地へ引っ越したくなる”なにか”があったのか」とほざく。
このもの悲しい名前の町がわたしが生まれ育った場所なのだ。

初冬、東京の友人から斜里町(しゃりちょう)に行かないかと誘われた。
知人がミスターが監督する映画のスタッフとして来道しているので、陣中見舞いに行くという。
ミスター?長島茂雄さんが映画を撮るの?
、、、ちがった、、わたしはミスターを知らなかった、、、道産子失格、、。
ミスターは北海道ローカルテレビ局の深夜の番組で、ハイテンションで旅をしたり、着ぐるみを着たり、女装してドラマを作ったりいろいろ活躍している。
地図で確認すると斜里町は愛別町から東にほぼまっすぐの方向、オホーツク海に面している。
憧れていたウトロの宿を一泊だけ押さえ、現地集合。
映画のロケのスケジュールは当日にならなければわからない。
はじめていく土地。公共交通機関の本数は少ない。

北見まで都市間高速バス。
上川町(かみかわちょう)ではバスの大きな窓から、葉の落ちた木々の上のあちこちにある、からっぽの鳥の巣を眺める。
層雲峡(そううんきょう)、大雪ダム(たいせつだむ)、石北峠(せきほくとうげ)、温根湯温泉(おんねゆおんせん)、留辺蘂町(るべしべちょう)、北見市(きたみし)
北見でローカルバスに乗り換えたが、網走までJRを使うべきだったか、無事落ち合えるか不安に襲われた。
乗り換えの美幌町(びほろちょう)でヘコんでいると友人二人と連絡がとれた。
偶然同じ町にいた。
行ってみないとロケの場所も交通機関の状況もわからないのに、寒いなかとりあえず行ってみるという、冒険心に満ちた珍道中。
ちょうどさっき美幌町に着いたとのこと。
全員土地勘がないのに、会えたのが不思議。
午後、美幌のスナックで撮影中のミスターをみかけた。
その涼やかな姿にわたしたちは一瞬ミーハー状態に陥った。
撮影スタッフとして働いている知人に挨拶し、JR石北本線に乗った。
網走駅で一足はやく東京に戻るひとりを見送って、JR釧路本線に乗り換え斜里町・知床斜里駅へ。
ウトロ行きの最終バスに、ぎりぎりでまにあい知床半島にむかった。

オフシーズンの宿は静かだった。
すみずみまで気配りの行き届いた居心地のよい空間。
カンテラと防寒の長靴を借りて行った露天風呂は、脱衣所からお湯に浸かるまでが寒すぎて、なぜかずっと笑いが止まらない。
夜のオホーツク海に向かって大声で笑った。
塩気のあるお湯は冷えたからだを芯から温めてくれた。

翌朝、ご主人が知床の奥を案内してくれたがあいにくの吹雪。
羅臼岳は姿を隠していた。
自然な味付けのスモークサーモンを求めて「ユートピア知床」へ寄ってもらった。
通りすがりの旅人の直感、たわごとだけど、働いている人たちの表情が明るいと感じた。
ここも宿もいい意味でなにか「違う」と感じた。
どこか垢抜けている、明るい、ひとも場所も静かな自信に満ちている。
それぞれが知床を、自分の居場所を、仕事を愛している。
ご主人に感想を伝えると
「長い間、想いえがいていた宿をつくりました。」
「ウトロには世界から優秀な人たちが集まってくるんですよ。」
そう答えが返ってきた。
「今度はぜひ流氷の時期にいらっしゃい。流氷ダイビングはおすすめですよ。」

翌日、女満別空港から東京に戻る友人と別れてひとり、ウトロ港周辺を散歩した。
足の裏、背中とおなかにカイロを貼って、スキーウエアの上下を着込んで。
ゴジラ岩ローソク岩をしたがえたオロンコ岩のしたをくぐり海岸へ。
みごとに誰もいない。
爽快な孤独感。
うっすら積った白い雪の上を淡いベージュ色の丸いものがたくさん、ふわふわころころころがっていた。
追っかけて捕まえてみた。
波の花という。海の味がした。
宿を知床斜里の駅前に移し地図を持って歩いた。
途中手袋もせず、トレーニングウエアだけの小学2年生くらいの男の子とすれ違ったが、この寒い中、彼のたくましさにちょっとした感動を覚えた。
斜里町立知床博物館ではアイヌのひとたちにも、ロミオとジュリエットのように愛するが故に苦しむ伝説があることを知った。

さて夕食、ここはやはりお寿司でしょう。
ひとり、思い切ってお寿司やさんへとび込んだ。
お寿司がおいしくて日本酒もすすむ。
おとなりさんから斜里についていろいろ伺った。
豊かな観光資源、海の恵み、昨年の冷夏でもこの地の農作物は順調。
その昔、財閥系三井農林の営業所があり、東京方面からもひとの出入りがあったこと。
地元の人も高校を卒業するといったん外へ出るひとが多く、外から自分の町をみる視点をもっていることなど。
いつのまにか元気な地元の人たちに混じって呑んでいた。
なにかの拍子にひとりの口から本音がぽろり。
「(移住者は)うるさいんだよ、いままでのやりかたじゃだめだっていうんだよ。」
思わず苦笑。
理解もできる、自分を否定されると辛いよね。
でも、「ああこの土地はいろいろなひとに深く愛されている」と、より強く感じた。
耳障りのいい甘い言葉をささやくだけが愛ではないだろう。
そして悲しいかな、愛には多少の憎しみもくっついている。
少々うるさいなぁと思いながらも、より良い考えや方法を取り入れて行動している。
地元のひとたちの懐の豊かさをうらやましく思う。
だから斜里は多くのひとのこころをひきつけつづけているんだよ。
そのなかに流氷ダイビングの主催者がいた。
漁師さんでもあるという。春ニシン、夏マス、秋サケ、そして冬は流氷。
仕事のない時期に自ら仕事を生み出している。

翌日、白樺林のなかの洋館、北のアルプ美術館へ。
どうしてもここは見ておきたかった。
昨年「ここ、いいよ」とパンフレットをくれたひとがいた。
モノクロのパンフレット。
表紙の大谷一良さんの絵と、ハガキの畦地梅太郎さんの描く人物の目の強さがこころに残っていた。
期待をはるかに越えた感動をわけてもらった。
そして山の雑誌「アルプ」の灯を、作品たちを、洋館を残したいと美術館をつくった設立者の情熱に感謝した。
宿のご主人もお寿司やさんで出会った人たちも美術館のお姉さんもみんな言う。
「流氷いいよ〜、ぜひおいで」
「春もいいよ〜。」
「夏もきれいだよ」
「秋も」
「また来てね」

------------------------------------------------------





------------------------------------------------------

 

JR釧網本線で車窓からの風景を味わいながら帰った。
吹雪のなかではまっしろな空と海。
雲の隙間からひとすじでも陽がさすと、海は一瞬にして翡翠色に染まる。
厳しい風雪にさらされて立っている木々の異形の枝振り。
北見で乗ったバスは夕日の沈む方向へ走り、やがて左の夜空のなかを金星が伴走していた。

1月、懐かしくて新しい「知床慕情」を聞いた。
歌うのは雷鼓。まだあどけない顔をした6人の男の子たちが歌っている。そのうち2人は斜里の出身だという。
ミュージッククリップの海はオホーツク海だろうか。

2月、アムール川流域の方向から流氷がやってきた。
ある土曜日の朝、テレビの旅番組で知床が紹介された。
あの宿のご主人が静かに微笑んでいた。
流氷ダイビングの様子も映された。
元気そうなスタッフと、「楽しい!!」と笑顔のお客さんたちがいた。
わたしもいつか絵の道具を持って斜里に遊びに行くことを夢見ている。
ミスターは映画の中でどんなふうに斜里の魅力を伝えるのだろう。

さて、知床斜里のとなりの駅は止別
(やむべつ)
「別れを止める」
駅舎が喫茶店のようだった。
我が町には斜里のように誇れる観光資源があるわけではない。
でも「愛別」という悲しく切ない名前は魅力のひとつ、財産ではないか。
なんのへんてつもない雪景色の中、凍える寒さと孤独感を思いっきりあじわう旅はどうだろう。
おいしくて暖かいごはんがたべられるお店と、いごこちのいい宿があればいい。
別れにおびえる人は「愛別」から「止別」へ。
何かと決別したいのに阻まれている人は「止別」から「愛別」へ。
地名をたどったからといって願いがかなうわけではないが、言葉遊びしてみるのはどうだろう。
究極の理想は、縁あってここへ来たひとは離れるのがつらい、そんな土地であってほしい。
愛別離苦。
「すっごくいいところなので愛別町から離れるはつらい」
あ〜ちょっと遠いかなぁ、近づきたいなぁ、究極の理想に。

 


補足
●斜里(しゃり)
アイヌ語でシャリまたはサル。 意味は「アシのはえている湿地、沼地」

●宇登呂(ウトロ) 
アイヌ語のウトロチクシから由来しています。
意味は「そのあいだを我々が通るところ」
海岸には大きな岩があり、そのあいだに砂浜があります。

●止別(やむべつ) 
アイヌ語でヤンペッツ。意味は「手前(アイミの集落の手前または斜里の手前)のほうにある川」。「冷たい川」という説もあります。
                
●斜里町 http://www.town.shari.hokkaido.jp/
おすすめの宿は季風クラブ知床
流氷ダイビング(アクアサービス流氷)http://www11.plala.or.jp/aqua-ice/
ミスターについて http://www.office-cue.com/main.shtml
雷鼓 http://www.raico.set


訂正
Vol.6
北見のハッカに関する記述にてペパーミントの香りとありますが、
北見ハッカ記念館にて説明をうけたところ、厳密にいえば、
ハッカとペパーミントはアジア種とヨーロッパ種の違いがあり、
たとえていえば人類と猿くらいの違いがあるとのことです。
乾燥した葉でにおいを確認しましたが比べると違いがわかりました。
訂正いたします。



 
 

 

2002〜2003 2004 Vol.9 10 11 11-2  2005Vol.12 13 14

このページの著作権は全て梅津真由美氏に属します。